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わからないことを聞かない人たち その2

 こういう人たちに、自分が分かっていないことに気づいてもらうには、どうしたらいいのでしょう?  Aさんの場合、実際にピースを組み立てないと分からないんだということを知らないため、とにかくつべこべ言わずにこの部分のピースを組み立ててみろ、と組み立てさせて、組み立てる前と組み立てた後の違いを実感させるしかありません。  Bさんの場合は、自分が組み立てたピースのほかに組み入れるべきピースがあることを具体的に示して、今組みあがっているように見えるもののどこにそのピースが入るかを考えさせる。  Cさんの場合は、自分で作り出してしまったピースの部分について、どういう事実からそれがそういうピースだといえるのかを矛盾がでるまで質問して、それが自分が思い込みで作ったピースだということに気づいてもらう。  いずれにしても、とても手間がかかります。手間がかかるということは、知的生産性が低いということです。知的生産性をあげるには、自分で気づけるようになってもらうことが必要です。  では、どうすればこの人たちは自分で気づくようになることができるのでしょう?  彼らに共通するのは、他の人から、自分が見えたと思っているものに対して矛盾を指摘されると、自分が見えたと思っているものがいかに正当かを必死で説明しようとします。なぜ、指摘した人がそういっているのかを決して探り出そうとはしません。  実はここが一番の問題だと思うのです。  自分が完成したと思っているものの矛盾を自分で見つけることは至難の業です。見たいものが見えてしまっている状態ですから、何度見直しても見たいものしか見えない。だからこそ、他の人から見えるものと自分が見えているもの差分でしか、自分が見るべきものではなく見たいものを見ている可能性に気づくことはできません。  自分は常に、見るべきものではなく見たいものを見てしまう可能性があるのだという前提にたって、他の人の発言や反応からその個所がどこかを探り出す。そういう意識で他の人とコミュニケーションすることが必要なのだと思います。

わからないことを聞かない人たち

 とあるプロジェクトの引継ぎで、3人のメンバに引継ぎをしようとしました。ところが、この3人、最初の概要説明のあと、引継ぎ元である私たちにほとんど質問をしてこない。引き継ぐとなると、概要レベルでは伝わらないことが山ほどあるので、質問しすぎても足りないくらいになるはずなのに。  引き継ごうとしている情報はひっくり返してしまったジグソーパズルのようなものだ。「山の写真のジグソーパズルだよ」と説明を受けても、その状態ではどんな写真かは分からない。しかも、いくつかのピースはソファの下や新聞の間にもぐりこんでしまって、探さないと見つからない。  紐解いていくと3人が3様の理由で分からないことを聞かないのだということが分かってきた。 ●Aさんの場合  手元に見えているピースの山を眺めて「緑のピースがたくさんあるから、確かに山の写真にちがいない」と納得している状態。 ●Bさんの場合  手元に見えているピースだけで、それらしいジグソーパズルを無理やりうまいことくみ上げてしまっている状態。それだけを見ると完成しているように見えるので、くみ上げたものに矛盾があるとも、足りないピースがあるとも思っていない。 ●Cさんの場合  ジグソーパズル全体をくみあげているが、足りないピースを「こういうピースがあるはずだ」と自分で作ってはめてしまっている状態。元からあったピースと自分で作ってしまったピースの区別がつかないため、どこが足りないピースなのかに気づいていない。  だから、結局、3人とも、引継ぎにあたり、何が分かって、何が分かっていないかが分からない状態になっている。  ・Aさんは、全体の作業項目が知りたいの一点張り。  ・BさんとCさんは自分が理解した内容の範囲で作業を進めようとする。  こういう人たちに自分たちが分かっていないことに気づいてもらうには、一体どうしたらいいのでしょう?また、自ら、自分がその状態にあることをチェックするには、どうしたらいいんでしょう? 次回に続く

名詞と形容詞の違いは?

 このように、名詞を説明するという観点では、形容詞は限定用法・叙述用法のいずれも成り立ちますが、名詞は叙述用法(本来の英文法には名詞の叙述・限定用法という定義はないのですが、ここではあえて形容詞との対比のために使用する)は成り立ちますが、限定用法は成り立たないということがわかります。  これを太郎さんの例で確かめてみましょう。 32歳男性:  太郎は男性   Taro is a man.       Manは名詞  太郎は32歳  Taro is 32 years old.   Oldは形容詞  日本語で考えると、「男性」も「32歳」も名詞のように捉えがちですが、英語で考えるとよりはっきりわかると思います。 したがって、この観点から考えると、特徴という抽象化の軸の「核になる名詞」とは、抽象化すべき「ものごと」を主語と見立てたときの補語となりうるもので、かつ、名詞であるということがいえると思います。  と、ここまで書けば、一見、何か新しいものごとの考え方がわかったと思われるかもしれませんが、実は当たり前のことなのですね。 太郎は32歳男性:  Taro is a man of 32 years old.  Taro is 32 years old man. のどちらの表現においても、manが名詞であり、(of) 32 years oldが形容詞であることは、英文法において基本事項だからです。  したがって、この検討を進めるには、そもそも補語の位置づけにあるものをどのように名詞と形容詞に区別するの? また、その役割の違いは? というものを検討する必要がありますね。 以降続

限定用法と叙述用法

 「核になる名詞とその名詞を修飾する言葉」と述べましたが、これを基本的な文法(中学~高校1年レベルの英語の文法)のレベルで紐解いて見ましょう。  「修飾する」ということを言い換えると「説明する」ということです。これには大きく分けて、品詞の関係で捉える方法と文の構造の中で捉える方法の2種類があります。  前者は、名詞にたいする形容詞・動詞にたいする副詞に当たります。後者は、主語や目的語と補語の関係がありますし、文全体とそれを修飾する副詞の関係が考えられます。  以降、副詞・動詞も持ち出すと少しややこしくなるため、名詞・形容詞の関係のなかで紐解きたいと思います。  まず、名詞と形容詞の関係ですが、これを形容詞の観点からみると形容詞の「限定用法」ということばで文法的には定義されています。形容詞が名詞の前後に並び、文の構造とは関係なく直接その名詞を説明する用法をさします。  次に主語・目的語と補語の関係ですがこれは、SVC、SVOCという第2文型と第5文型の文構造の中で、主語である名詞をCである補語が説明しています。このときのCには形容詞または名詞が用いられます。また、形容詞の観点からみると、このCとしての利用のされ方を叙述用法ということばで文法的に定義されています。  形容詞に関していうと、一般的に限定用法と叙述用法は双方向に変換可能です。たとえば、    ハンカチは赤い。(叙述用法)    赤いハンカチ。(限定用法) です。伝えたい細かいニュアンスは若干異なるかもしれませんが、「ハンカチ」を「赤い」という言葉で説明していることにはかわりありません。  ところが、これを名詞に関して当てはめると厄介なことになります。   自動車は機械(叙述用法?)   機械自動車(限定用法?) 「機械自動車」は明らかに変ですね。そもそも、名詞に叙述用法・限定用法というものが無いのにもかかわらず、それを強引に当てはめていること自体変なのですが。 以降続く

抽象化は帰納法の裏返し?

 とうとうkoppeさんに引きずり出されてしまいましたか。私が最後に書いた記事、書いたはいいのですが、どうも続きとしてその抽象化の思考過程を書かざるを得ないことになってしまったことに気づき、筆が進まなくなってしまったのです。その間しばらくkoppeさんが記事を書いてくれるのをいいことに、少しさぼり過ぎてしまったようです。  そこで話の続きを進めたいと思います。koppeさんの疑問に答えるためにも、前回、核にできる「特徴」と、核にはできず核を修飾する形で記述すると収まりのいい「特徴」に分かれることについて検討していきましょうといったことの続きをお話させていただきたいと思います。  ある「ものごと」を抽象化するためには抽象化するための軸の設定が必要です。この軸の設定は、抽象化したい「ものごと」一つだけを眺めていても難しいものがあります。複数の「ものごと」の共通項を見つけることにより軸を見つけるという原理に基づいて抽象化しないと、新たな軸で抽象化するという思考は成り立たないのではないのでしょうか。  複数のある「ものごと」の共通項自体がそれらの「ものごと」の抽象であり、共通項を見つける思考過程が抽象化ということです。この思考過程を逆順に表現したのが一般的に帰納法といわれる論理展開だと思います。koppeさんが投げかけてきた例も二つのある「ものごと」の共通項を見つけることで抽象化をしていますね。逆に言うと二つとも「個人事業主やそれにそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」は成り立つ、だから「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」は正しい。これが帰納法的表現になると思います。  で、ここからが問題なのですね。どのような思考過程や方法でこの共通項を見つけ出したか? これを表現することが難しいのですね。  「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」、この表現にも「業務」という核になるものと、それを修飾する「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応」というものの二つに分けることができます。  このことから、ある複数の「ものごと」の共通項を見つける思考過程において、その二つに共通する、核になる名詞とその核になる名詞を修飾する言葉を見つける思考をしていることがわかります。 以降続く。

抽象化する特徴を挙げるには?

 mokurenさんの沈黙をよいことに、抽象化の話からどんどん脱線してしまいましたが、新たな疑問が出現したので、そろそろ話をもどしてmokurenさんに登場してもらおうと思います。  「2006年08月12日 抽象化と集合」の記事で、山田太郎さんの特徴がいろいろあがっています。いろいろあがった特徴のうち、目的にあった特徴だけを抜き出すのが「抽象」、それ以外の特徴を捨てるのが「捨象」ということですよね。ということは、抽象化するにはまず抽象化する対象の特徴をいろいろあげないといけない。  ところで、「2006年08月13日 抽象化の使い道」では「宅建業免許の問い合わせ対応」を抽象化した結果として「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」になったと書きました。ところが、自分でやっておいていうのもなんですが、「宅建業免許」から、「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する」という特徴をあげる思考手順が一体どうなっているのか、よく分からないんです。むやみやたらと思いつくままに特徴をあげて、あたればラッキーというやり方をしているのでは、効率が悪すぎる。どうも何か道筋があるような気がするのですが、mokurenさん、どうでしょう?

未知の領域にチャレンジする人、しない人

 仕事の上で関係する周りの人を観察していると、未知の領域に「チャレンジする人」と「チャレンジしない人」に大別できるような気がします。  「チャレンジする人」と「チャレンジしない人」の違いはどこから来るのでしょう?  未知の領域は、その人にとって経験したことのない世界、一歩先に何が待ち受けているか分からない真っ暗闇の世界ですから、人間であれば誰しもそこに足を踏み出すのは怖いはずです。  では「チャレンジする人」は真っ暗闇の中に闇雲に足を踏み入れる、無謀な勇気の持ち主なのでしょうか?  いえ、少なくとも、ビジネスの世界においてチャレンジする人たちは、なんらかの確信や根拠をもって未知の領域に足を踏み出しているように思えます。その確信や根拠は一体どこから来るのでしょう?  その鍵は「抽象化する能力」なのではないかと思います。  「2006年08月13日 抽象化の使い道」の記事でつかった例を元に考えて見ます。  ある人が「ある自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」をシステム化する案件を経験したとします。抽象化をしなければ、「自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」は「既知の領域」ですがそれ以外は経験したことのない「未知の領域」です。  しかし、記事で述べたように、「自治体の宅建業免許の問い合わせ対応業務」を抽象化をすると、「個人事業主やそれに準ずる中小企業に対する顧客対応業務」は業種に関わらずすべて「既知の領域」になります。細かいところまで含めると厳密には「既知の領域」とはいえないかもしれませんが、すくなくとも自らの経験を生かせる「既知の領域の延長線上の領域」にすることができる。  つまり、一見すると「未知の領域」を、「抽象化する能力」によって、「既知の領域の延長線上の領域」に変えられる人、その結果、経験に基づく確信や根拠を持って「周りからは未知に見える領域」に踏み出せる人、これが「未知の領域にチャレンジする人」なのではないかと思います。