「分ける」と「分かる」

koppeさん、絞込みや具体化は大事ですね。まさにそう思います。
 ところで、この絞込みや具体化とはどういうことなのでしょう。たとえば「犬」という言葉があります。しかし、これだけでは概念であって「目の前にいる犬」という具体的に実在しているものを指しているわけではありません。「犬」という言葉であらわされる概念は実在しないのですね。人間の頭の中にだけ存在するのですね。
 ところが、「目の前にいる犬」これは実在します。英語ではこの実在するものと実在しないものをdogとthe dogとして文法的に明確化しています。特定の言葉ではありますが、人類の歴史が作り上げた言葉という世界にこのことが織り込まれているのですね。それほど重要な考え方なのだと思います。
 知的生産性が0になるゴール設定と知的生産物が生まれるゴール設定の違いは、この例でいう「犬」や「黒い犬」と「目の前にいる犬」の違いにあたるのではないかと思います。
 では、この概念と具体の中間に位置づくものとしてはどのような概念があるのでしょうか?それが絞り込みになるんだと思います。たとえば「黒い犬」、これは単なる「犬」よりは犬全体からその範囲が絞り込まれているため、それよりは具体かされて言えると思います。逆に、「目の前に存在する犬」という世の中で唯一の存在に比べれば抽象的であるともいえます。
 これは、集合の概念を考えればよくわかりますね。「犬」は「黒い犬」を包含し、「黒い犬」は目の前にいる犬が黒ければその「目の前にいる犬」を包含している。包含しているほうがより抽象化されているし、包含されているほうはより具体化されているともいえます。
 ところが、これを別の観点から見ると、この抽象から具体への具体化や絞込みという過程において非常に重要な思考過程があります。それは「区別すること」、「分けるということ」です。さきほどの例でいうと「犬」から「黒い犬」に絞り込む過程で。「黒い犬」と「黒くない犬」を分けているのですね。
 ここで注目して欲しいことは「分ける」とい言葉です。「分かる」と同じ漢字が使われているのですね。この漢字が同じことを意味していると解釈すると、「分かる」といことは「分ける」と同値であるといえます。

dog から the dog に具体化する過程で「分ける」の思考過程を経て結果「分かる」に至る。

 このようなことが言えるのではないでしょうか。ここにも、人類の歴史が作り上げた言葉という世界に人間の思考法の一端が織り込まれているのですね。

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